日本語の奥深さについて
突然だが、俺がこう見えて、ツイートするときであったり、ブログ記事を書くときに、ひらがな、漢字、カタカナ、どれを使うか、気を遣っているのをお気づきの方はどのくらいおられるだろうか
何を言っているのかわからないという人もいると思う、まず具体例を挙げてみよう
ちょうど今読んでいる、七不思議オーバータイム、かの有名な涼宮ハルヒの憂鬱の、5年ぶりの新作描き下ろし、ここのある一節を読んで、この記事を書こうと思ったのだがそもそもの始まりだったということはさておき、その一節を下に記してみる
”最後まで詠み終え、ほっとしたように朝比奈さんは手にしていた札を机にそっと置き、「ふう」と、手元の専用湯飲みを取ると煎茶をひとくち飲んだ”
どこの部分に俺がインスピレーションを受けたか、お気づきだろうか
「ひとくち」飲んだ、ここである
ひとくち、これは当たり前のことではあるが、「一口」と書くこともできる、しかし谷川流はひとくちとした
ここに対して、いくつかの解釈が行える、漢字と日本語のバランスを大事にした、朝比奈みくるの可愛さを表現するのに、ひとくちという非常に柔らかいひらがなを用いた、特に何も考えていなかった
ただ、どれにしても、彼の日本語に対する感性が非常に高いということが、わかるだろうか
日本語というのは非常に特殊な言語だと思う、そもそも、何か一つの状況を表すのに、いろいろな表現ができてしまうという点でまず特殊だし、日本語という枠組みのなかに、実に3つもの形、日本語、カタカナ、漢字、この3種類が混在している
これは、言わせてもらえば、無駄だ、と考えることがないわけではない、英語がおおよそ26種類の文字のみで過不足なく表現できているというのもあるし、英語が世界標準の言語になったほうがいろいろ効率がいいのではないのかと、考えないわけではない、まぁそうするといろいろと問題が発生するし、特にそういう話がしたいわけではないので、詳しい言及はしない
一方で、ある文をパッと見て、あぁこれはふわふわしている、あぁこれはカクカクしている、あぁこれは機械的だ、こう思わせられるのは日本語だけだと思う(※筆者は日本語と英語以外わかりません)
例えば、「あなたはかわいいです」、という文章を英語で表してみると、おそらく「You are cute」以外存在しないと思う
一方で、日本語は、「あなたはかわいい」ということを、「きみはかわいい」「あなたはかわいい」「キミはかわいい」「アナタはかわいい」「アナタハカワイイ」「あなたは可愛い」「アナタはカワイイ」と、適当に思いついただけでも、このように表すことができる、これを英語で訳すと「You are cute」でひとくくりになるから、英語というものは非常に便利だと思わせられる反面、日本語の多様性、奥深さというものをマジマジと感じられるだろう
「キミはかわいい」と書くと、年上の女の人が年下の男の子に言っているみたいになる、あるいはイケメンの男の先輩が後輩の女子に言っていると取れるかもしれない、まぁ正直、解釈なんてどうでもいいし、俺がどこか気持ち悪い、偏った趣味の人間と取られかねないので、ここらへんにしておくが、この「あなたはかわいい」をどういうふうに表現するかだけでも、深く考察をすることができるのである
日本語は、こういうおもしろさ、魅力がある言語だと思うし、そういったところに気を遣って、大事にして書く作家、俺はすごい好き
あの文章を読んだだけでも、あぁ谷川流はいい作家なんだな、そう感じさせられる名文だと思う
つまり、谷川流は早くハルヒの単行本の新作を、そうじゃなくてもいいけど、とにかく、何か新しい作品を、単行本サイズで書けと、声を大にして言いたい
突然だが、俺がこう見えて、ツイートするときであったり、ブログ記事を書くときに、ひらがな、漢字、カタカナ、どれを使うか、気を遣っているのをお気づきの方はどのくらいおられるだろうか
何を言っているのかわからないという人もいると思う、まず具体例を挙げてみよう
ちょうど今読んでいる、七不思議オーバータイム、かの有名な涼宮ハルヒの憂鬱の、5年ぶりの新作描き下ろし、ここのある一節を読んで、この記事を書こうと思ったのだがそもそもの始まりだったということはさておき、その一節を下に記してみる
”最後まで詠み終え、ほっとしたように朝比奈さんは手にしていた札を机にそっと置き、「ふう」と、手元の専用湯飲みを取ると煎茶をひとくち飲んだ”
どこの部分に俺がインスピレーションを受けたか、お気づきだろうか
「ひとくち」飲んだ、ここである
ひとくち、これは当たり前のことではあるが、「一口」と書くこともできる、しかし谷川流はひとくちとした
ここに対して、いくつかの解釈が行える、漢字と日本語のバランスを大事にした、朝比奈みくるの可愛さを表現するのに、ひとくちという非常に柔らかいひらがなを用いた、特に何も考えていなかった
ただ、どれにしても、彼の日本語に対する感性が非常に高いということが、わかるだろうか
日本語というのは非常に特殊な言語だと思う、そもそも、何か一つの状況を表すのに、いろいろな表現ができてしまうという点でまず特殊だし、日本語という枠組みのなかに、実に3つもの形、日本語、カタカナ、漢字、この3種類が混在している
これは、言わせてもらえば、無駄だ、と考えることがないわけではない、英語がおおよそ26種類の文字のみで過不足なく表現できているというのもあるし、英語が世界標準の言語になったほうがいろいろ効率がいいのではないのかと、考えないわけではない、まぁそうするといろいろと問題が発生するし、特にそういう話がしたいわけではないので、詳しい言及はしない
一方で、ある文をパッと見て、あぁこれはふわふわしている、あぁこれはカクカクしている、あぁこれは機械的だ、こう思わせられるのは日本語だけだと思う(※筆者は日本語と英語以外わかりません)
例えば、「あなたはかわいいです」、という文章を英語で表してみると、おそらく「You are cute」以外存在しないと思う
一方で、日本語は、「あなたはかわいい」ということを、「きみはかわいい」「あなたはかわいい」「キミはかわいい」「アナタはかわいい」「アナタハカワイイ」「あなたは可愛い」「アナタはカワイイ」と、適当に思いついただけでも、このように表すことができる、これを英語で訳すと「You are cute」でひとくくりになるから、英語というものは非常に便利だと思わせられる反面、日本語の多様性、奥深さというものをマジマジと感じられるだろう
「キミはかわいい」と書くと、年上の女の人が年下の男の子に言っているみたいになる、あるいはイケメンの男の先輩が後輩の女子に言っていると取れるかもしれない、まぁ正直、解釈なんてどうでもいいし、俺がどこか気持ち悪い、偏った趣味の人間と取られかねないので、ここらへんにしておくが、この「あなたはかわいい」をどういうふうに表現するかだけでも、深く考察をすることができるのである
日本語は、こういうおもしろさ、魅力がある言語だと思うし、そういったところに気を遣って、大事にして書く作家、俺はすごい好き
あの文章を読んだだけでも、あぁ谷川流はいい作家なんだな、そう感じさせられる名文だと思う
つまり、谷川流は早くハルヒの単行本の新作を、そうじゃなくてもいいけど、とにかく、何か新しい作品を、単行本サイズで書けと、声を大にして言いたい
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