完璧な人間とはなにか
最近は、昔と比べて、大きな問題に直面して、その解決策がわからず、右往左往したり、ブログにとりあえず書きながら、どうすればいいのか、考えることはなくなった
自分なりの指針、行動論、考え、わりと自信のあるものが今、頭の中にはあるし、そこから考えれば、完璧とは言えなくても、それなりの解答を導くことができるようにはなってきている
一方で、頭ではわかっていても、ということもある
頭ではわかっていても、イライラしてしまう、ということは未だにあったりするし、それが態度であったり言動に現れてしまいそうになることも、ない、とは言い切れない
しかしだ、これに関して、どうすればいいのか、こればっかりは、俺どうこうの問題なのだろうか
以前、俺は再生医療について、全く興味がないし、やりたくない、とまでブログに書いた
理由は、人は、もともと役目を終えたら死ぬようにできているはずで、もし寿命が伸び続けるようなことがあれば、いずれ資源不足、あるいはそれ以上の問題を招くことになるだろう、ということである
近い将来、必ず不老不死を目指すような実験、これも始まることになるだろう、断言してもいい
人間とは非常に欲深いものである、もちろんその欲深さが、いい意味でも、わるい意味でも、今の世界を作り上げた
では、このことと、俺の問題、何が関係しているのか、というと、俺も、いろいろいいつつも、もし、感情がなくなったら、そんなことを考える時点で、結局はその欲深い人間の一人なんだなってこと、改めて気付かされた
もし、心がなくなったら、俺は、ある意味で、自分の方法論に従って、ムーブをこなすことができる、完璧な人間になることができるだろう、これを書くまで、そう思っていた
しかし、もし、心がなくなったら、それは、完璧な人間ではなく、ただの機械だろう、人間で見れば完璧でも、食、睡眠など、生理的な面を含めれば、非常にポンコツなロボットだろう
じゃあ、人間は、ロボットに劣っているのか、そういうわけではない
人間には、心がある
つまるところ、今の俺の中にある、完璧な人間とは、完璧ではない、と結論づけることになる
しかし、自分の方法論が間違っているとは全く思えない
じゃあ、何が俺の完璧な人間へのロジックに欠如しているのか、それは、セルフコントロール、自分の本能、心、感情との付き合い方であろう
以前、俺は、自分の内的な問題と、決着がついた、と述べたが、それは、外的な世界における、内的な問題、例えば、この場面では、自分の中で、どういうムーブをすればいいのか、のような、それに対する自分なりの指針、解決策を出せるようになった、ということで、ある
結局のところ、真の意味での内的な問題、自分の心、感情、本能どどのように向き合っていくのか、今後の俺の大きな課題は、そんなところだろう
本能の問題といえば、これも以前、本能に指針を任せるべきで、よほどのことがないかぎり理性が口出しするべきではない、という結論には至り、これをやっていくなかで、自分なりの方法論というものを、発展させることができたし、脳はやっぱりとても賢いんだな、ということを再認識することはできた
だが、結局のところ、これも、外的な世界における、内的な問題を解決していく上での、方法論の一つであって、真の内的な問題ととの解決にはそこまで絡まない
セルフコントロール、これをいかに上手く行うか、これこそ、人間的に成長していく上での、俺にとっての新たな課題なのかもしれない
徒然なるままに、書いていくなかで、思いもよらぬ、新たな結論が導き出される
俺にとっては、思い立った書くということ、非常に大事だな
適当に書きながら、ないしは、書き連ねたものを眺めながら、そこから解決策を導くというのは、俺の中ではかなり合っている方法だし、勉強とか、そういうことにも、応用できたらいいですね
最近は、昔と比べて、大きな問題に直面して、その解決策がわからず、右往左往したり、ブログにとりあえず書きながら、どうすればいいのか、考えることはなくなった
自分なりの指針、行動論、考え、わりと自信のあるものが今、頭の中にはあるし、そこから考えれば、完璧とは言えなくても、それなりの解答を導くことができるようにはなってきている
一方で、頭ではわかっていても、ということもある
頭ではわかっていても、イライラしてしまう、ということは未だにあったりするし、それが態度であったり言動に現れてしまいそうになることも、ない、とは言い切れない
しかしだ、これに関して、どうすればいいのか、こればっかりは、俺どうこうの問題なのだろうか
以前、俺は再生医療について、全く興味がないし、やりたくない、とまでブログに書いた
理由は、人は、もともと役目を終えたら死ぬようにできているはずで、もし寿命が伸び続けるようなことがあれば、いずれ資源不足、あるいはそれ以上の問題を招くことになるだろう、ということである
近い将来、必ず不老不死を目指すような実験、これも始まることになるだろう、断言してもいい
人間とは非常に欲深いものである、もちろんその欲深さが、いい意味でも、わるい意味でも、今の世界を作り上げた
では、このことと、俺の問題、何が関係しているのか、というと、俺も、いろいろいいつつも、もし、感情がなくなったら、そんなことを考える時点で、結局はその欲深い人間の一人なんだなってこと、改めて気付かされた
もし、心がなくなったら、俺は、ある意味で、自分の方法論に従って、ムーブをこなすことができる、完璧な人間になることができるだろう、これを書くまで、そう思っていた
しかし、もし、心がなくなったら、それは、完璧な人間ではなく、ただの機械だろう、人間で見れば完璧でも、食、睡眠など、生理的な面を含めれば、非常にポンコツなロボットだろう
じゃあ、人間は、ロボットに劣っているのか、そういうわけではない
人間には、心がある
つまるところ、今の俺の中にある、完璧な人間とは、完璧ではない、と結論づけることになる
しかし、自分の方法論が間違っているとは全く思えない
じゃあ、何が俺の完璧な人間へのロジックに欠如しているのか、それは、セルフコントロール、自分の本能、心、感情との付き合い方であろう
以前、俺は、自分の内的な問題と、決着がついた、と述べたが、それは、外的な世界における、内的な問題、例えば、この場面では、自分の中で、どういうムーブをすればいいのか、のような、それに対する自分なりの指針、解決策を出せるようになった、ということで、ある
結局のところ、真の意味での内的な問題、自分の心、感情、本能どどのように向き合っていくのか、今後の俺の大きな課題は、そんなところだろう
本能の問題といえば、これも以前、本能に指針を任せるべきで、よほどのことがないかぎり理性が口出しするべきではない、という結論には至り、これをやっていくなかで、自分なりの方法論というものを、発展させることができたし、脳はやっぱりとても賢いんだな、ということを再認識することはできた
だが、結局のところ、これも、外的な世界における、内的な問題を解決していく上での、方法論の一つであって、真の内的な問題ととの解決にはそこまで絡まない
セルフコントロール、これをいかに上手く行うか、これこそ、人間的に成長していく上での、俺にとっての新たな課題なのかもしれない
徒然なるままに、書いていくなかで、思いもよらぬ、新たな結論が導き出される
俺にとっては、思い立った書くということ、非常に大事だな
適当に書きながら、ないしは、書き連ねたものを眺めながら、そこから解決策を導くというのは、俺の中ではかなり合っている方法だし、勉強とか、そういうことにも、応用できたらいいですね
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