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将来

最近良く夢を見る

自分が、偉い官僚になっていたり、教師になっていたり、会社員になっていたり、はたまた、フリーターになっていたり。

それぞれ、いろいろなことがあって、でも起きてみると、取るに足らないことなのか、深い内容については、あまり覚えていないことが多かった。


結局のところ、目が覚めると、俺はただの高校2年生で、時計を見ると、大体七時を回っていて、母さんから、「早くご飯食べに来なさい」とドア越しに言われ、そこから脳みそに血が流れ出して、いつもの1日が始まる。


「うっす」

電車に揺られながら、ぼんやりと英語の単語帳を眺めていると、クラスメイトの木村に声をかけられた。

「おっす」
「朝からえらいな、今日小テストだっけ」
「そうだよ」
「あー」

クラスメイトの木村は、どこか気楽で、お調子者で、こいつを見ていると、なんというか落ち着く。

「どこが出そうだ?」
「田中は優しいからな、たぶん難しい単語は出さないだろう」
「じゃあいっか、確か五限だろ?昼飯食べながらやんべ」
「でもお前今日はあの子と飯食うんだって言ってたじゃん」
「あー…」

こんなやつにも彼女はいる、ちなみに今俺にはいない。特に僻んだりする気持ちがあるわけではないが、度々仲睦まじそうに弁当を突きあっているのを見ると、俺も彼女欲しいなぁ、と思う。

「あっ、そうだ木村」
「なんだ?」

「お前、将来について考えたことはある?」

「突然どうしたんだ」
「いや、まぁそんなに大した意味はないけど」
「うーん…」


俺は彼が必死に思考を巡らせているのもわかったし、その上で、その後に続く言葉も予想がついた。

「考えたことねぇな」
「そっか」
「そういうお前はどうなんだ」

ぼんやりと考える。教師、会社員、フリーター…

「俺は天才だからな、お前が次に言おうとしている言葉がわかるぜ」
「なんだ」
「考えたことねぇわ、だろ」

そんなことはないぞ、と言い返そうと思ったが、特にしっくりとくる解答も見つからなかった。

「ちょっと違うな、考えたことねぇよ、だ」
「なんだそれ」

彼はにやっと笑った。俺もそれにつられて笑顔を浮かべる。


「えー、ここの文章は、作者の、”刀”に関する思いが込められていて…」

相変わらず、現代文の川島の授業は長い。実際のところ、他の授業と比べて、彼だけ特別に時間延長が設けられている、なんてことはなく、ただ単純に退屈なだけである。


ふと周りを見渡す。

木村は相変わらず寝ているし、他の奴らも似たり寄ったりといったところだ。


一方で、真面目に授業を受けているやつもいる。偉すぎる。

カリカリカリ、隣では田辺が忙しそうにシャープペンで板書をしている。

彼女は、近くの大きな病院の一人娘で、将来は親父さんのあとを継ぐだろう、と言われている。

いつもなら綺麗な横顔をぼんやり眺めたりもするが、そんな彼女が、なんだか今日は眩しかった。

仕方がなく、今日は第2の選択肢を取ることにした。


いつも通り、今日も学校が終わろうとしていた。


担任が来るまでのこのなんともいえない時間、いつもならちょうど睡眠を終え、大きく伸びをしているところだが、現代文での睡眠のおかげで、目が冴えていた俺は、どこか手持ち無沙汰だった。

誰かと話そうか、そう思っていると、自然と隣のやつに視線が吸い寄せられた。

「なぁ田辺」
「どうしたの斉藤くん?」
「お前さ」

今の俺のマイブーム、将来の夢ってある?、と聞こうとした。

そういえば、こいつは医者になるんだっけ。

「いや、やっぱりなんでもない」
「?、ならいいけど。変なの」

そう言うと、彼女は机から何冊か参考書を取り出して、カバンに詰め込んだ。

「今日も塾なのか?」
「そうね、最近週5になったから」


自然と、俺の足は、本屋のあるコーナーへ向かっていった。

いつもであれば、小説の新刊を見て、漫画の新刊を見て、なんとなく雑誌を立ち読みして、帰るところであったが、今日は違った。

小学生でもわかる高校数学、二次関数入門、フォーカスシルバー、背表紙を見ているだけで頭が痛くなってきた。


俺がこんなところにいるのは他でもなく、彼女の「予備校週5発言」が原因であり、それは、家に帰っても、ゴロゴロしながら本を読むことしかなかった俺に、否が応でも、差し迫る現実を突きつけてきた。


大学受験。


人によっては、大学はスタートラインに過ぎない、というし、入ったら勝ち、という人もいる。

俺は、まだよくわからない。まだ自分は高校生で、青春とやらを謳歌する権利があって、そんなことを考える必要はないんだ、という奴らが大半だと思う。


今の俺のクラスで、大学受験モード、という人間は、田辺とあと数人いるかいないかぐらいで、みんな部活に打ち込むか、そそくさと家に帰宅するか、友達と遊び回るのか、とにかく、あんまりそういう雰囲気ではない。


まだ高2の春である、特にやりたいこともなく、惰性のまま、とりあえず勉強して、それが続くとは思えなかった。

とりあえず、保留にしよう、そう思った俺は、小説の新刊を眺めに行った。


自分の部屋で、ベットに寝っ転がりながら、ぼんやりと読みかけの小説を読んでいた俺は、ふと時計を見る。

すでに針は1を指していた。もうそんな時間か。


枕元に本を置き、再び考える。


昔のことだ。

確か、将来の夢、という題の作文で、周りのみんなが、サッカー選手、花屋さん、ペットショップの店員、など、なんともらしいことを挙げていた中、当時小学3年生だった俺は、悪びれもなく、サラリーマンと書き、担任の先生を困惑させた。

あのときの自分が何を考えていたなんてわからない、でも、今でも何も思い浮かばないということは、あんまり変わっていないのだろう、案外人間とは進歩のないものである。

そのあとも、なにかを思い出そうとしたけれど、眠りにつくほうが早かった。


今日も寝ぼけ眼で、ぼんやりとつり革に捕まっていた。

ふと、前を見ると、会社員と思しきおっさんも、眠たそうな顔で、スマートフォンをいじっていた。

俺もなんだかんだで、将来はこんな感じになるのかな、うーん、容易に想像ができる。


「斉藤くん、おはよう」
「おっす」

今日は運がいいかもしれない、朝から田辺に声をかけられた。

「珍しいな、お前朝すごい早いじゃん」
「ちょっと寝坊しちゃって」
「寝坊…」

余裕で15分前には教室に着くが。

「あー、もしかして塾の宿題とか?」
「あら、鋭いのね」

ちらっと見ると、二重に大きな目の下にはちょっとクマがあり、サラッと長い黒い髪は、どこかツヤをかいている…かどうかはわからなかった、いつもと変わらん。

「しかしよくそんなに勉強できるな」
「そう?私にはやりたいことがあるからね、あんまり考えたことないかな」
「まぁ医学部って入るのめちゃくちゃ大変らしいしな」
「え、なんで知っているの?」
「むしろ、知らない人のほうが少ないと思うけど」

田辺病院はこの高校のすぐ近くで、よほどのことがない限りまず目にするはずだ。


改札を通り、二人で肩を並べながら登校する。なんだかちょっと誇らしい。

「ところで、斉藤くんは何かやりたいことあるの?」
「うーん、実は」
「実は?」
「何も考えてない」
「……」
「最近ちょくちょく他の人に聞いたりもしているんだけど、多種多様というか、人それぞれというか」

家業を継ぐという人もいたし、とりあえず、適当に大学に入って、遊びまくるぞー、という人もいた、そもそも俺高校卒業できるのかな?と聞いてきたやつもいた、知らんがな。

「でも、大体の人は、大学には行くみたいだよ、それ以外は何も」
「あぁ、やっぱりそうなんだ」
「やっぱり?」
「うーん、なんというか、大体の人ってさ、そこまで考えていないと思うのよね」
「そんなことはなくない?」
「ちょっと言い方に語弊があったかもしれないわね、ちょっと長くなるけど、いいかしら」
「ああ」

要約すると、彼女の主張はこうだ。


結局のところ、私達の周りの人たちは、大半は、流されるままに勉強して、流されるままに大学に入って、流されるままにどこか適当なところに就職する。

社会の枠組みの一部になるということは、確かにつまらないことかもしれないけど、一方で、絶対的な安心感はある。みんなも同じだ、という。

社会の枠組みから外れるということは、確かに未知なる世界への旅立ちかもしれない、でも、必ず成功が保証されているわけでもない、むしろ大半は失敗するだろう。

だから、何か疑問を持つことはあっても、彼らは、そのレールの上から降りようとはしないし、あまり深く考えることもない。


「でも、それがチープな生き方だとは全く思わないけどね、あ、これは擁護ってわけじゃなくて」

席についた彼女は、カバンから筆箱を取り出しながら、こう言った。

「なんとなく、将来のゴールは決まっているけど、それまでの分岐点はたくさんあって、いろいろな可能性があって」
「可能性?」
「さっき、大半の人は、流されるままに、とは言ったけど、みんなが同じ会社に就職するわけじゃないでしょ?世の中にはいろいろな業種、企業があるわけでしょ」
「うん」
「そこに辿り着く前でのプロセスは、まさしく、十人十色で、いろいろな偶発的な出来事があって、人それぞれの、レールがあるわけ」
「そういう観点でいえば、医者なんかはまさしく一本だな、入り口がちょっと違うだけで」
「一本…そうね」


彼女はちらっと窓を覗いた。


「私ね、実は、」

実は、


「学校もサボって、塾もサボって、一人で電車に乗って、どこか遠くの知らないところに行きたくなる、そんなときがあるんだよね」


窓から映る彼女の目は、どこか寂しげだった。

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