ちょっとした考察
昨今、観客動員数という目に見えてわかる数字で、いろいろな球団のファンが増えている、DeNAなどがいい例だろう
これは、巨人の地上波中継時代の終了というよりは、インターネットというツールによって、簡単に巨人戦以外の試合を見ることが可能になったこと、人気球団以外のファン、同士を球場に足を運ぶという以外の手段で発見することができるようになったこと、それぞれの球団が地域密着に取り組んでいること、この3点が大きい
それからともなくして、SNSの流行り、まとめサイトの流行り、これによって、ある種球団ごとのコミュニティのようなものが生まれていった
もちろん、昔も個人サイトの掲示板のようなものがあったと思うが、いわゆるアングラというか、ほそぼそとやってます、みたいなところが大半だったのではないかと推測される、少なくとも2005年ぐらいから毎日のようにインターネットに触っている身としても、そのような掲示板を見た記憶はあまりない、2chに関しては、目に毒という古来の教えに従っていたため、わからないが
で、そのコミニュティ、実は俺はあまり好きではないし、ぶっちゃけ嫌いだ
なんで嫌いなんだろう、深くは考えたことはなかったけれど、なんというか、悪寒が走る、ムズムズする、この感覚を言葉にしようと思い立ったのが今回の始まり
そもそも、俺は野球に限らず、顔の知らない人とのコミュニティというものがあまり好きではない
君子の交わりは淡さこと水の如し、という言葉があって、俺はとてもそれを大事にしているから、というのもあるけど、単純に、つまらないと思うから
巨人ファンのコミュニティに入って、それで、何か新しいものが得られるだろうか、俺はそうは思わない
例えば、ある巨人ファンのプロフィールに、~選手が好き!~選手好きは繋がりましょう!とある
確かに、俺は今は坂本が一番好きな選手だけど、誕生日も知らないし、バッティングフォームのマネも少し怪しい、インコースに強いぐらいは知っているけど、他にどのコースが得意で苦手、どの球種が得意で苦手、好きなことは、嫌いなことは…なーんて全く知らないし興味がない、よってそういう話題になってもあんまり生産性がないし、見ていても面白くない、だから繋がろうとも思わない
そもそも、根本的なことをいうのであれば、リアルの友人と野球について話すのはとても楽しいけど、ネットの顔も知らないようなやつと喋っても本当につまらん、冗談すら言えない、上辺だけのコミュニケーションに楽しさを全く感じない
というのは、単純に俺の好き嫌いの問題で、そういうのが好きな人がいるというのは知っている、否定もしない
今回は別にこういう話をしにきたわけではない
確かに、そういったところも、気持ち悪さを感じる要因の一つかもしれないが、おそらくそういうことが原因、というわけではないのである
ではなんなのだろうか、その答えを探そうとTwitterであったり、まとめサイトの実況スレッドを眺めたりしていて、気づいた、あぁなるほどな、と
今日、巨人vs日ハムがあった、4-5で巨人が逆転負けした、というのがすごいざっくりとした説明になる
そんな中、さきほどのサイトなりを眺めていると、球審の、日ハム側に有利な判定があって、それのせいで負けた、と騒ぐ巨人ファンが一定数いた
判定のGifを見る、うーん、これはどうだろう…と言った気持ちになった、確かにそうかもしれないけど、でも巨人寄りの判定もあったのではないのか、という印象も受けた、今日の佐々木球審という人は、どこの球団の人にとってもあまり心象のよくない審判らしい、まぁつまりはそういうことなのだろう
しかし、驚くことに、今日の球審は巨人寄りじゃないよ、という巨人ファン、驚くほど少なかったし、さらに驚くことに、今日の球審は日ハム寄りだね、という日ハムファン、全くいなかった
もしかしたら、今日の球審は日ハム寄りではないのか、そう考える日ハムファンも一定数いてもおかしくない、ぐらいにはおかしい審判だったらしいが、本当に、いなかった
今回、どちらのファンのどちらの主張が正しいのか、というのはあまり重要ではなく、それより、「~のファンは、~という主張しか許されない」という空気がどこか蔓延しているな、と思った
別に人がどう考えるかは自由だが、こんなに主張が偏ること、ありえるのだろうか?
このようにして、何か無言の圧のような、ある種全体主義のように、支配されたコミュニティは、偏った主張を生み続け、特にその主張の是非について考えない人々に、単一の思考を押し付ける、結果として、同じことしか言わない、全くおもしろくない人々が生まれる
うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん
これに似た例がある
Twitterとかで調べればでてくるんだけど、「おりほー」とか「うさほー」とか「横浜優勝」とか、特定の球団が勝ったときに呟く、あるいは書き込む決まり文句みたいなものがあるらしいんだけど、それが本当に好きになれなくて、なんでかなぁと思ったんだけど、それに関しても、強制感のようなものを感じた、先程の審判の話と比べると、そこまで極端でもないのだが、それは絶対に言わなくちゃいけないことなのか?となるし、これは完全に俺の偏見だけど、陽キャじゃなくて陰キャの人が言ってる割合が圧倒的に高いと思うから、遥かに気持ち悪さが増している
多様性を生み出すはずのインターネットは見えない監視の目を作り出し、少数意見は主張できない、出る杭は打たれる、みんなの主張は全く同じ
うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん
顔の知らない人々は、本当は全く違う人々なのに、同じ仮面を被り、同じ服を着て、同じ言葉しかしゃべらないような気がする、そういったところに、気味の悪さであったり気持ち悪さを感じたのではないのか、という結論に至った、+俺のコミュニティ嫌い
各々が好きなことを考えて、好きなように主張すればいいと思うんですけどね、もちろん、節度を守ってという但し書きはあるけれども
この全体主義、というワードは友人から提供してもらったようなものなので、スペシャルサンクスとして、追記しておく
昨今、観客動員数という目に見えてわかる数字で、いろいろな球団のファンが増えている、DeNAなどがいい例だろう
これは、巨人の地上波中継時代の終了というよりは、インターネットというツールによって、簡単に巨人戦以外の試合を見ることが可能になったこと、人気球団以外のファン、同士を球場に足を運ぶという以外の手段で発見することができるようになったこと、それぞれの球団が地域密着に取り組んでいること、この3点が大きい
それからともなくして、SNSの流行り、まとめサイトの流行り、これによって、ある種球団ごとのコミュニティのようなものが生まれていった
もちろん、昔も個人サイトの掲示板のようなものがあったと思うが、いわゆるアングラというか、ほそぼそとやってます、みたいなところが大半だったのではないかと推測される、少なくとも2005年ぐらいから毎日のようにインターネットに触っている身としても、そのような掲示板を見た記憶はあまりない、2chに関しては、目に毒という古来の教えに従っていたため、わからないが
で、そのコミニュティ、実は俺はあまり好きではないし、ぶっちゃけ嫌いだ
なんで嫌いなんだろう、深くは考えたことはなかったけれど、なんというか、悪寒が走る、ムズムズする、この感覚を言葉にしようと思い立ったのが今回の始まり
そもそも、俺は野球に限らず、顔の知らない人とのコミュニティというものがあまり好きではない
君子の交わりは淡さこと水の如し、という言葉があって、俺はとてもそれを大事にしているから、というのもあるけど、単純に、つまらないと思うから
巨人ファンのコミュニティに入って、それで、何か新しいものが得られるだろうか、俺はそうは思わない
例えば、ある巨人ファンのプロフィールに、~選手が好き!~選手好きは繋がりましょう!とある
確かに、俺は今は坂本が一番好きな選手だけど、誕生日も知らないし、バッティングフォームのマネも少し怪しい、インコースに強いぐらいは知っているけど、他にどのコースが得意で苦手、どの球種が得意で苦手、好きなことは、嫌いなことは…なーんて全く知らないし興味がない、よってそういう話題になってもあんまり生産性がないし、見ていても面白くない、だから繋がろうとも思わない
そもそも、根本的なことをいうのであれば、リアルの友人と野球について話すのはとても楽しいけど、ネットの顔も知らないようなやつと喋っても本当につまらん、冗談すら言えない、上辺だけのコミュニケーションに楽しさを全く感じない
というのは、単純に俺の好き嫌いの問題で、そういうのが好きな人がいるというのは知っている、否定もしない
今回は別にこういう話をしにきたわけではない
確かに、そういったところも、気持ち悪さを感じる要因の一つかもしれないが、おそらくそういうことが原因、というわけではないのである
ではなんなのだろうか、その答えを探そうとTwitterであったり、まとめサイトの実況スレッドを眺めたりしていて、気づいた、あぁなるほどな、と
今日、巨人vs日ハムがあった、4-5で巨人が逆転負けした、というのがすごいざっくりとした説明になる
そんな中、さきほどのサイトなりを眺めていると、球審の、日ハム側に有利な判定があって、それのせいで負けた、と騒ぐ巨人ファンが一定数いた
判定のGifを見る、うーん、これはどうだろう…と言った気持ちになった、確かにそうかもしれないけど、でも巨人寄りの判定もあったのではないのか、という印象も受けた、今日の佐々木球審という人は、どこの球団の人にとってもあまり心象のよくない審判らしい、まぁつまりはそういうことなのだろう
しかし、驚くことに、今日の球審は巨人寄りじゃないよ、という巨人ファン、驚くほど少なかったし、さらに驚くことに、今日の球審は日ハム寄りだね、という日ハムファン、全くいなかった
もしかしたら、今日の球審は日ハム寄りではないのか、そう考える日ハムファンも一定数いてもおかしくない、ぐらいにはおかしい審判だったらしいが、本当に、いなかった
今回、どちらのファンのどちらの主張が正しいのか、というのはあまり重要ではなく、それより、「~のファンは、~という主張しか許されない」という空気がどこか蔓延しているな、と思った
別に人がどう考えるかは自由だが、こんなに主張が偏ること、ありえるのだろうか?
このようにして、何か無言の圧のような、ある種全体主義のように、支配されたコミュニティは、偏った主張を生み続け、特にその主張の是非について考えない人々に、単一の思考を押し付ける、結果として、同じことしか言わない、全くおもしろくない人々が生まれる
うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん
これに似た例がある
Twitterとかで調べればでてくるんだけど、「おりほー」とか「うさほー」とか「横浜優勝」とか、特定の球団が勝ったときに呟く、あるいは書き込む決まり文句みたいなものがあるらしいんだけど、それが本当に好きになれなくて、なんでかなぁと思ったんだけど、それに関しても、強制感のようなものを感じた、先程の審判の話と比べると、そこまで極端でもないのだが、それは絶対に言わなくちゃいけないことなのか?となる
多様性を生み出すはずのインターネットは見えない監視の目を作り出し、少数意見は主張できない、出る杭は打たれる、みんなの主張は全く同じ
うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん
顔の知らない人々は、本当は全く違う人々なのに、同じ仮面を被り、同じ服を着て、同じ言葉しかしゃべらないような気がする、そういったところに、気味の悪さであったり気持ち悪さを感じたのではないのか、という結論に至った、+俺のコミュニティ嫌い
各々が好きなことを考えて、好きなように主張すればいいと思うんですけどね、もちろん、節度を守ってという但し書きはあるけれども
この全体主義、というワードは友人から提供してもらったようなものなので、スペシャルサンクスとして、追記しておく
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